M’arc(あきばっか〜の踊り手)はかつて、おじいさんの古時計だった。解き放たれた振り子はただ無心にリズムを刻む。
人の一生をすべて見てきたモノは、何を思うだろう。
一人の人間が生まれ、そしてその人生を遂げる。
その間、休む間もなく、既定のリズムを取り続け、
そして、死とともに用済みなってしまう。
ここに、それを示すひとつの詩がある。
おおきなのっぽのふるどけい おじいさんのとけい
ひゃくねん いつもうごいていた
ごじまんの とけいさ
おじいさんの うまれたあさに
かってきた とけいさいまは もう うごかない そのとけい
ひゃくねんやすまずに チクタクチクタク
おじいさんといっしょに チクタクチクタク
いまはもう うごかない そのとけい
(大きな古時計 より)
おじいさんの視点からみたら、立派な時計で自慢にしていた存在。
美談に聞こえるが、果たして時計の側に立つとどうだろうか?
柱時計の振り子は左右に同じ動きを強要され、それを何十年も刻み続けた。そして、彼の死とともに用済みにされてしまう。
柱時計の振り子は、本当はもっと自由に動きたかったのではないだろうか。
聞いたところによると、おじいさんの古時計は実在して、なぜか振り子だけが紛失しているらしい。
振り子は、一体どこにいったのだろうか。
もしかすると、「あきばっか〜の」という会場で、「かじゅ」とともに「公共7thエネミーズ」というチーム名で「M’arc」と名乗り、人間の姿で自由に踊っている。
昔刻み続けた左右のルーティーンから解放されて、周りを圧倒させる回転技とともに、活き活きと踊り狂い、会場を沸かせ続けている。
そんなことはないだろうか。
逆立ちして、激しく回転しながら、左右に大きくスイングしながら、崩れることなく時を刻む。(M’arcのベストムーブ)
『あきばっか~のvol.14』予選ダイジェスト<(13:10あたり)
曲名:めいあいへるぷゆー?(作品:サーバント×サービス OP)
M’arcは、いつでも縦に入れるのが強み。そこから様々なバリエーションで見る人を飽きさせない。
さらに、繰り出していた回転技を急に止めて低い姿勢で止める13:33ごろのストップは必見。
しかも、彼はその技のすべてが足が伸びていて、見ていてきれいだ。
普通はこれでもう十分だが、踊る喜びがあふれるM’arcは止まらない。逆立ちしながら左右の足を交互に上下に降り出して、歌のリズムと同期しだす。
その動きを見て、人間じゃないという意見も度々聞く。
そりゃあそうだろう。何十年リズムを刻んできた彼にとっては、アニソンに合わせて逆立ちしながらリズムを取るのは、至極あたりまえの行為なのだ。